むかし夜這いで、いまセフレ
昔の話である。日本の至る所で、夜這い(ヨバイ)という風習があった。夜這いというのは夫に先立たれた妙齢の未亡人などが、疼く身体の火照りを静めるために、今晩雨戸を開けておくからねと言って、村の若い男を引っ張り込んで密かに合体を果たすことを言うのである。この情景、夜の暗闇の中、家人にばれないように這って行くから夜這いと言われるようになったのであるが、言い得て妙とはこのことである。
また、夜這いは未亡人だけを対象にしたのではない。性に対して好奇心旺盛な若い娘の部屋にも男たちは夜這いをかけたという。しかし、時には間違って母親の部屋に忍び込む者もいたそうだ。しかもめでたく?目的を果たしたという笑話もある。一方、夜這いが本物の恋に発展し、結婚にまで至ったというケースもあったという。
これはまさしく、今の時代のセフレ同士が逢瀬を楽しんでいるのと、同じに見えるが如何だろうか。いうならば夜這いはセフレの前身かもしれないのだ。
昔も今も性に対する欲求は変わらない。問題は満たされているかどうかだ。満たされていれば他へ目はいかず、不満であればその解決のための道を探るのは当然のことかもしれない。
しかし、己の欲望を満たすために相手に無理強いすることは厳禁である。強要すれば強姦ということになる。したがって相手の合意が必要になってくるのであるが、合意に基づいてさえいれば、男と女が欲求を満たしあうことは許されていい。セフレとはまさにこのような関係をいうのだから。いささか開き直りの感が無きにしも非ずです。
セフレ関係は独身であれば不貞だの、裏切りだのを考えなくてもよく、快楽を追及していけばいいのだが、既婚者はそうはいかない。やはりセフレの存在は妻や夫を裏切っていることに他ならないからだ。いわば貞操観念が欠如しているとも言えるが、果たしてこれでいいのだろうか。
これに対しセフレを持つ既婚者のほとんどが、どのような心境からか、罪の意識を感じていないようだ。家庭の存在を否定していないばかりか、両立を求めていて、どちらも大事にしているのである。今どきのライフスタイルなのだろうか?
セフレは今の時代にとって必要悪なのかもしれない。